少し話をもどす。小学校の給食はある程度食べていた僕だけど、保育園での給食はというと、
まだアトピーっ子が僕らの世代まではいなかったのでその食べ物へのアレルギー反応というものには園が対応できず僕ら3人はいつも自家製の弁当持参だったのだ。それで段々年が上がるにつれ、段階的にインタールを飲んで、給食を食べていたような記憶がある。
小学校に上がってからはパンは食べていたはず。 小学校2年生の時からマンションから戸建てに引っ越しして、まだ家具などがしっかり揃う前だったので朝食はトーストで済ます生活がここから始まったのはとても記憶している。
そして僕の小学校の給食にももちろんパンと牛乳という欧米化された食事が頑固として毎日あった。僕は運よく小学校に上がってからパンOK。それに付随するパンにブチューとかけるのが楽しそうな小さなマーガリンと牛乳はその先もずっと食べていない。卵がダメなので乳製品もダメなのだった。今現在も牛乳という単体自体を飲む事を全くしない。別に飲めるけど怖いし美味しくなかったから。
子供の時から口に慣らさないとあんなもの不味くて飲めないのだ。
余談だが、それでも中学生になってから受けた骨粗鬆症の検査では全く問題無し。同じく牛乳を一切とらない姉も密度高過ぎ、強過ぎとの結果だった。 最近やっと言われ出した牛乳の意味の無さは僕は子供の時に気づいてとても安心した。牛乳信仰は子供にさえも洗脳効果となっていた証だ。
と、食べ物はこんな感じ。ところが、なぜか小学校に入ってからは中耳炎だ鼻炎だと、遠くの有名だとされ、人が並ぶ耳鼻科に通う事になった。それは小学校の間、殆ど続いた。
思い出すワードは「アトピー性の症状が皮膚から耳と鼻に移行した」だ。なんか有り得そうな事ではある。。
次はその耳鼻科の話かな。
続く。